国際金融のトリレンマの観点からみたユーロ圏の問題と課題を解説します。
国際金融のトリレンマとは、以下の3つの政策目標は同時にすべて達成できず、3つのうち2つしか選べないという理論です。
- 自由な国際資本移動
- 名目為替相場の安定
- 金融政策の独立性
国際金融のトリレンマについてはこちらの記事で詳しく解説しています。
国際金融のトリレンマとは、以下の3つの政策目標は同時にすべて達成できず、3つのうち2つしか選べないという理論です。 自由な国際資本移動 名目為替相場の安定 金融政策の独立性この問題はすべての国が抱える国際金融政[…]
ユーロ圏の構造
ユーロ圏の構造
- 単一通貨導入で域内で為替リスク・為替相場が消滅。
- EU域内での資本移動は完全に自由。
- 結果として、各国は独自の金融政策を放棄。(ECBに一元化)
- 財政政策は各国が独自に運営。
ユーロ圏は国際金融のトリレンマにおいて、自由な国際資本移動、名目為替相場の安定を選択した結果、加盟国は金融政策の独立性を放棄することになりました。
この単一通貨、自由な資本移動、一元化された金融政策のもと、経済統合を目指す枠組みは「経済通貨同盟(EMU)」と呼ばれます。
また、金融政策は統一された一方で、財政政策は統一されず各国が独自に行なうという構造です。
問題点(トリレンマの観点から)
ユーロ圏の構造が抱える問題点は以下のとおりです。
- 各国独自で金融政策がとれない
- 財政政策への依存と制限
- 為替相場による自動調整機能が働かない
- 各国の経済状況と金融政策の不整合
- 非対称性ショックへの対応力の欠如
- 競争力の格差拡大
- 財政政策におけるモラルハザード
①各国のマクロ経済状況と金融政策の不整合
ユーロ圏では景気状況やインフレ率が異なる加盟国間で、一律の金融政策が実施されます。
そのため、国単位で見た場合、好景気でも緩和、不景気でも引き締めといった不適切な金融政策が実施される可能性があります。
②非対称性ショックへの対応力の欠如
特定の国のみが経済危機などの非対称性ショックに見舞われた場合、その国は金融政策・為替相場調整の対応がとれないため、財政政策に頼ることになるが、財政政策に制限があって柔軟に対応ができないのが現状です。
また、単一通貨のもとでは一国の危機がユーロ全体の信用不安として他国に波及する危険もあります。
③同盟国間における競争力の格差拡大
各国は独自の金融政策を放棄し、財政政策にも制限がある。さらに域内では為替相場の自動調整機能による需給の調整も存在しない。そのため、本来なら競争力の低い南部の通貨が下がり、北部の通貨が上昇、それにより輸出入の需給調整がかかり、南部の輸出が増えれば産業育成にも道が開けるがそれができない。
さらに、ECBはユーロ圏全体の経済指標を考慮するが、ドイツなど北部の経済競争力の高い国がユーロ圏での大きなウェイトを占めるため、競争力の高い国に即した金融政策が選択される傾向が指摘できる。特にドイツは政治的影響力も強く、政策選択への影響力が強い。そして、輸出依存の北部が求める低金利・ユーロ安に対し、内需依存の南部では北部に即した金融政策の恩恵が相対的に少ないと考えられる。
すなわち、産業基盤が強くて輸出依存の北部に即したユーロ安・低金利政策は、北部の輸出が増え産業基盤がより強固となる一方で、南部は北部への輸出は変わらず、しかもユーロ安が招く輸入物価の高騰が国内経済に悪影響を与え、財政赤字は拡大し、競争力格差が拡大していく。
結果として、競争力の高い国は輸出を伸ばし、経済成長していく一方で、競争力の低い国は輸出が伸び悩み、経常赤字が拡大するなど格差が拡大する可能性がある。
なお、金融・財政政策に制限があるため競争力を回復させる主要な手段として、構造改革などで賃金や物価を下げて実質為替レートを調整する内的減価(Internal Devaluation)が採用されます。つまり、自国内でデフレを引き起こす政策です。ただしこうした構造改革は、政治的・社会的に不都合であったり、時間もかかることなので現実的には不十分といえます。たとえば、アイルランドでは輸出増加に貢献したが、ギリシャでは失業率の上昇(2013年に27.5%)やデフレによる需要縮小が問題となり、競争力回復には結び付きませんでした(Eurostat)。
④財政政策におけるモラルハザード
財政政策は各国の裁量に委ねられていますが、財政規律が遵守されるかどうかの問題もあります。実際にユーロ危機(欧州債務危機)では、ギリシャの粉飾と巨額赤字が発端となり市場の信用不安が急拡大しました。(ただしユーロ危機の原因はソブリン危機、銀行危機、成長不安といった複合的なものです)
ユーロ危機をうけて財政政策にかかる制限が以下のように厳格化されました。
- 均衡財政を憲法など国内法で規定すること
- 財政赤字がGDP比3%の上限を上回った場合には自動的制裁措置が発動
- 過剰財政赤字国への監視を強化
財政政策への制限と監視が強化されたものの、財政赤字を拡大させたとしても結局ECBが助けてくれるという暗黙の保証のもと、債権者・債務者両方においてモラルハザードが発生する可能性があります。それは、財政規律の甘い国が、信用力の高い国の恩恵を不当に享受する構造ともいえます。
- 財政政策の制限の必要性
学ぶ文鳥 でもなぜ財政政策を制限する必要があるの?黒野 「金融政策を統一しても各国が自国本位の財政政策を行うと、ユーロの価値の安定は保てなくなる」(秦ら,2012,p.172)からだよ。
たとえば、ECBが金融引き締め政策をしているとき、ある国で大規模な財政支出政策が採られれば金融政策の効果が相殺されてしまう。そこで財政政策に一定の制限を設ける必要が出てくる。
ただし、この最初の取り決め(危機前の安定・成長協定)を定める時に、強い自国通貨マルクを断念することになるドイツが厳格な規律を主張したことで、他の参加国はかなり厳しい財政規律を受け入れることになりました。
問題点解決に向けた課題
ここでは、先行研究から「最適通貨圏」、「ファンロンパイ報告」を引用して課題を明らかにします。
最適通貨圏
単一通貨は、為替取引にかかるリスクを含めた費用を除去する一方で、金融政策の独立性や為替調整による景気調整ができなくなるという費用があります。
つまり単一通貨は、その導入による便益と費用を比べて、便益が上回るときに採用されるべきです。
藤井(2013)によれば、便益が費用を上回る条件は「最適通貨圏」という理論から次の通りです(pp. 262-263)。
- 経済解放度と相互の貿易
→国際貿易が盛んに行われていることが重要。 - 実体経済の統合度(景気循環や経済撹乱の類似性)
→経済の類似性が高ければ非対称性ショックが起こりにくい。 - 生産要素、特に労働力の越境可動性
→生産要素が自由に圏内で移動できることが重要。 - 共同でリスクをシェアする能力
→特に財政を通じた再分配能力が高いことが重要。
労働・資本の可動性強化
生産要素(労働・資本)の自由な移動が可能になれば、異なる産業構造を持つ国々で非対称性ショックが起きた場合でも、要素の移動を通じて地域間の経済調整が行われ、非対称性ショックの影響を軽減することが期待できます。さらに産業の多様性が増えれば特定の産業に対する経済ショックにも対応できるようになると考えられる。
可動性を高めるには、労働市場の構造改革(雇用の柔軟性向上、圏内の労働移動促進など)が不可欠です。また、各国間で異なる言語・文化・社会制度などが、労働移動の障壁となっており、これらの解決も課題です。
加えて、労働市場が柔軟になれば内的減価もしやすくなったり、労働市場の硬直性の違いによって生じる競争力格差の是正にもつながります。
財政移転システムの構築
競争力の構造的な格差是正や短期的な格差是正の観点から、財政移転システムの構築が求められます。
財政移転による所得の再分配は、単一通貨における為替相場の自動調整メカニズムを失うというデメリットを補完できます。非対称性ショックを受けた国へ財政移転を行ったり、競争力の高い国から低い国へ所得の再分配を行うことで産業基盤の強化を支援するなどして格差是正と非対称性ショックへの対処が可能になります。
具体的な方法として秦ら(2013)は、ユーロ共同債の発行やEUの共通予算を大きくするなどユーロ参加国の産業構造改革を支援する仕組みの強化が必要としている(pp. 183-184)。ただし、モラルハザードを懸念するなどユーロ共同債は反対意見もあり実現が難しいです。
- ユーロ共同債って何?
- ユーロ共同債とは、ユーロ圏共通財務省のような機関を創設し、加盟国はそこで一括して債券を発行するという仕組みです。共同債は加盟国が連帯保証する形になるので発行コストは加盟国の信用度の加重平均に落ち着き、つまり競争力の高い国にとっては単独で発行するよりも割高な金利で、低い国にとっては割安な金利で資金調達ができ、所得移転効果が期待できます。
経済政策の協調強化
現状、財政を含め各国は独自に経済政策を行っているが、安定した通貨圏を構築するうえで経済政策の協調は必須です。
構造改革、財政政策といった経済政策を各国が同じ目標に向けて協調して取り組めば、金融政策が一元化されていても非対称性ショックへ対応できる状態を維持し、競争力格差の是正、経済統合度の上昇など、あらゆる面において効果が期待できます。
ファンロンパイ報告
ファンロンパイ報告によれば、「真の経済通貨同盟(EMU)」に向けての改革として、以下の4つの柱を提示している。
- 銀行同盟
- 財政同盟
- 経済政策の統合
- 民主的正当性と説明責任の強化
つまり銀行・財政・経済・政治の4同盟ともいえる枠組みです。
この報告では最適通貨圏の理論では前面に出てこなかった、銀行同盟の必要性と財政規律の強化(モラルハザード防止)が強調されています。これは理論的な理想を基にした最適通貨圏がカバーしきれなかった現実的な問題(ショックへの対応と是正策)を補完する意味で重要です。
なお、銀行同盟として現在は「単一監督メカニズム(SSM)」、「単一破綻処理メカニズム(SRM)」、「預金保険制度(DGS)」の3つからなるが、預金保険制度が各国単位で行われており、ユーロ圏共通の預金保険制度(EDIS)の創設が課題として残っています。(銀行同盟の3つの制度はEU MAGを参照)
結論
ユーロ圏は国際金融のトリレンマのうち、「資本移動の自由」、「為替相場の安定」を選び、各国の金融政策の独立性を放棄する構造を選択しました。
しかしその結果、次のような問題に直面しています。
- 経済状況と金融政策の不整合
- 非対称性ショックへの脆弱性
- 競争力格差の拡大
- モラルハザードの発生
これらの課題を克服するには、最適通貨圏、ファンロンパイ報告を参考にすれば、以下の点が求められます。
- 労働・資本の越境可動性強化
- 財政移転システムの構築
- 経済政策の協調体制の強化
- 銀行同盟と財政同盟の強化
土台として経済統合は必須であり、最終的には政治統合に至ればEMUは理想的な状態になれるといえます。
ただし、文化・土地・言語・国境・産業構造などの違いという障壁を考慮すると理想的な統合状態は困難な道のりであると考えられ、現実的には一定程度の政治統合、財政統合(共通予算や財政の再分配)が妥当と考えられます。
参考文献
- 秦忠夫,本田敬吉,西村陽造,2013『国際金融のしくみ』第4版,有斐閣アルマ
- 藤井英次,2013『コア・テキスト国際金融論』第2版,新世社
- EU MAG,2014『EUの金融を安定に導く「銀行同盟」』https://eumag.jp/feature/b0414/(参照:2025.6.1)
- Van Rompuy, H. 2012『 Towards a Genuine Economic and Monetary Union. 』European Council. https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-120-2012-INIT/en/pdf(参照:2025.5.31)