前回の記事で為替相場の制度を解説しました。
為替相場とは、外国為替市場における相場のことであり、その決定は通常の市場の価格決定メカニズムと同様です。つまり、需要と供給から為替相場が決定されます。以下では、為替相場の決定と変動メカニズム、そして固定相場と変動相場とは何か[…]
そこで固定相場制では為替介入によって操作されると説明しました。
ここでは、為替介入がどのように実行されるのか、その効果、限界について解説します。
為替介入のしくみ
為替介入の担い手
為替介入は基本的に中央銀行が実行します。
ただし、その決定権・責任の担い手は国によって異なり、日本では政府(財務大臣)が持っていて、財務大臣の指示によって日銀が介入を実施するという流れです。財務大臣は、介入の実行とタイミング、金額を決定します。
為替介入の財源
介入には資金が必要です。
- 円高の場合・・・円売りドル買いのために日本円が必要
- 円安の場合・・・円買いドル売りのためにドルが必要
したがって、資金調達の仕組みが必要であり、この仕組みが「特別会計の外国為替資金特別会計(外為特会)」です。
また、介入に用いられる外国通貨を「介入通貨」といい、日本では米ドルが介入通貨として使われます。
為替介入の方法
円高の場合(円売り・ドル買い介入)
- 為券を発行して円資金調達
↓ - 円売りドル買い介入
↓ - ドルは外貨準備となり、米債券等で運用
円高の場合、日銀は円売り・ドル買いの為替介入を行います。
この時の流れとして、まず外為特会が政府短期証券(外国為替資金証券)を発行し、国内金融市場から円資金を調達します。
次に、調達した円資金を使い、外国為替市場で円売り介入を実施してドル資金に変えます。
このドル資金は、外国金融市場(主に米国債)で運用し、外貨準備となります。
円安の場合(ドル売り・円買い)
- 外貨準備を取り崩してドル資金調達
↓ - ドル売り・円買い実施
↓ - 円資金で為券を償還
円安の場合は、ドル売り・円買いの為替介入を行います。
この時の流れは先ほどと反対に、外貨準備の米国債等を取り崩してドル資金を調達し、外国為替市場でドル売り円買いを行い、獲得した円資金を使って為券の償還を行います。
外為特会のバランスシート
外為特会では上述のように為券の発行と、外国金融市場での運用によってバランスシート(貸借対照表)は拡大します。仕訳としては、負債側に為券の発行額、資産側に外貨準備が繰り入れられます。
横内(2020)によると、外貨準備の大部分は米国債であると言われており、長期的な推移として8割以上が証券、1割が預金です(pp. 79-80)。令和7年3月末時点で日本の外貨準備高は約1.27兆ドルで世界2位の大きさです。(データ参照元:財務省)
補論『ネットの利払い費と財政赤字のほんと』
- 補論を表示する
- 外貨準備における為替差益や利子は外貨準備を拡大していきます。
特に直近の米国債の利回り上昇や著しい円安を考えると、この外貨準備の収益は巨額になってきており、このうちの利子と売買差益の一部は国庫納付金として一般会計に繰り入れられます。令和5年度の決算では、剰余金が約3.9兆円あり、そのうちの約2兆円が一般会計に繰り入れられました。(データ参照元:財務省)
近年では、政府の外貨準備からの利子収入や日銀の国庫納付金(国債保有による利子収入の一部が原資)を考慮し、実質的な「ネットの国債利払い費」で財政状況を評価する動きがあります。
一般的に、日本の財政赤字は国債利払い費の対GDP比などで問題視されますが、こうした収益を差し引いて考えると、利払い負担は実質的にはかなり軽減されています。これにより、将来的な赤字削減の余地や財政持続可能性について新たな見方ができます。
黒野 ただし、この考え方は国際標準の財政指標とは異なるため、補足的な分析として使われるケースが多いことにも注意が必要です。
為替介入の副作用と対策
副作用について
為替介入は、マネタリーベースを変化させるので金融政策に影響を及ぼす可能性があります。
藤井(2013)によれば、中央銀行が外貨を売買するとき、その取引の相手は外国為替市場に参加している民間銀行になります(p. 244)。
たとえば、円売り・ドル買いの介入だと、日銀は民間銀行からドルを買い、円を売ります。このとき、日銀のバランスシートはその分だけ拡大します。そして円は民間銀行の日銀当座預金に入り、その結果、国内のマネタリーベースが増加し、超過準備になれば金利低下や信用創造を通してマネーストックの増大につながります。これは、金融緩和のような効果をもたらしてしまいます。
一方で、ドル売り・円買いの場合は反対のプロセスから金利上昇やマネーストックの減少につながり、金融引き締めのような効果が懸念されます。このように、為替介入はマネタリーベースの増減を伴い、金融政策へ影響する問題があります。
対策について
介入による副作用を抑えるためには、日銀は国債の売り・買いオペなどの金融政策によってマネタリーベースの増減を抑える方法があります。つまり、副作用として発生する金融政策の効果とは反対の金融政策を実施することで中和させるのです。こうした中和させるための金融政策を不胎化といい、不胎化を伴う為替介入を不胎化介入と呼びます。また、不胎化を伴わない介入を非不胎化介入と言います。
為替介入の効果と限界
日本経済新聞によると、日本の為替介入の1日における最大取引高は2011年10月31日の8兆722億円です。(データ参照元:日本経済新聞)
一方、BISによれば、2010年の世界の為替市場全体の1日での平均取引量は、約4兆ドルです。(データ参照元:BIS)
世界の外国為替市場の規模からすれば、過去最大の介入規模でも約2〜3%程度だったわけです。したがって、為替介入の効果は非常に限定的であり、短期的な効果があれど中長期的な効果は限定的と考えられます。(詳しくは次回記事参照)
とはいえ、為替介入が市場参加者の予想を変化させることで実際に為替相場を変動させることがあります。それは、介入によるインパクトによるものと、介入の予告(口先介入)によるものとが考えられ、こうしたインパクトによる為替相場の変動をシグナリング効果といいます。
ただしシグナリング効果は、横内(2020)によれば「短期的には効果があったとしても長期的には有効なものではなく、むしろ市場機能を歪めてしまうマイナスの効果を持つことがあると考える」(pp. 85-86)としています。
固定為替相場制の限界
固定為替相場の場合は、 為替相場を保つために無制限に介入を行います。
しかし、通貨攻撃(過剰な自国通貨売り)などが発生すれば外貨準備が尽きて固定為替相場の維持ができなくなる場合があります。
このような固定相場制度の破綻は「通貨危機」とも呼ばれ、世界史では何度も発生しています。
たとえば「アジア通貨危機」があり、これについては以下の記事で詳しく解説しています。
アジア通貨危機は、1997年7月にタイの通貨「バーツ」が暴落したことを発端に、1998年にかけて東アジアを中心に発生した深刻な経済・通貨の混乱です。本記事では概要と原因について説明します。アジア通貨危機アジア通貨危機とは、1[…]
さて、ここでは為替介入の効果をざっくり結論部分だけ紹介してみましたが、非不胎化介入と不胎化介入の違いや限界など、より深い部分を次回の記事で解説しますのでそちらを参照願います。
前回の記事では、為替介入の仕組みを説明しました。[sitecard subtitle=関連記事 url=https://notosi.net/forex-intervention/ target=]そこでは、為替介入の効果は[…]
参考文献
- 藤井英次,2013『コア・テキスト国際金融論』第2版,新世社
- 横内正雄,2020『国際金融論1』法政大学
- 財務省,2025『外貨準備等の状況(令和7年3月末現在)』(参照:2025.07.14)
- 財務省『令和5年度決算(外国為替資金特別会計)』(参照:2025.07.14)
- 日本経済新聞社,2012『1兆円の為替「覆面介入」 11年11月1~4日に』(参照:2025.07.16)
- BIS,2010『Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and Derivatives Market Activity in 2010 – Final results』(参照:2025.07.16)