前回の記事では、為替介入の仕組みを説明しました。
前回の記事で為替相場の制度を解説しました。[sitecard subtitle=関連記事 url=https://notosi.net/exchange-rate-system/ target=]そこで固定相場制では為替介入[…]
そこでは、為替介入の効果は限定的で、短期的効果はあれども中長期においての効果は限定的と説明しました。
ただし、そのメカニズムや不胎化介入と非不胎化介入での違いなどの詳細な説明は省略しました。そこで本記事では、
- 介入の効果のメカニズム
- 不胎化介入と非不胎化介入の効果と限界
- シグナリング効果、ポートフォリオ・バランス効果
をより深掘っていきます。
為替介入の効果のメカニズム
為替介入は大規模な買い・売り注文を通じて市場価格を動かしますが、この説明だけでは効果の持続性を説明しきれません。
為替相場は、カバー付/カバーなし金利平価の理論によれば「両国の金利」によって決定されるため、金利が一定であれば一時的に変動しても金利裁定取引によって均衡水準へ戻る力が働きます。
金利平価の理論についてはこちらの記事を参照願います。
為替相場の決定論に関連するものとして金利平価という理論がある。これは、各国における金利差が金利裁定取引を通して為替相場を左右するという理論で、カバー付金利平価とカバーなし金利平価の2つがある。本稿では、カバー付金利平価の理論[…]
不胎化介入の効果
為替介入の効果を理論的に把握するために、カバーなし金利平価の式(カバーなし金利平価はこちらで解説してます。)
\[r \approx r^* + \frac{S^e – S}{S} \]
これを変形して、以下のように表します。
\[S \approx \frac{S^e}{1+r-r^*}・・・①\]
非不胎化介入では、マネタリーベースの変化によって自国金利\(r\)を変化させるので、他の条件が一定なら直物為替相場\(S\)が変化します。このように、非不胎化介入は貨幣市場における均衡利子率の変化を通して、為替相場を変化させることが可能といえます。
ただし、先進国では前回の記事で述べたような副作用に対処するために不胎化介入が基本であり、その場合マネタリーベースは変化せず、金利も変化しない。つまり、他の条件が一定であれば①式から見れば為替相場は変化しないといえます。
したがって、カバーなし金利平価の成立条件(内外債券の完全代替性)が成立していれば、不胎化介入によって為替相場を変化させられるのは、投資家の予想為替相場\(S^e\)を変化させることができた場合のみということになります。
シグナリング効果
予想為替相場つまり、投資家の期待を変えることで現在の為替相場を変動させることが式①から導けました。
為替介入には、実際の介入や口先介入によるインパクトが投資家の将来予測を変動させる効果があります。これがシグナリング効果です。
このシグナリング効果が予想為替相場\(S^e\)を変化させられれば、直物為替相場\(S\)を変化させることができます。よって、不胎化介入が効果を得るには投資家の将来予測を変化させるインパクトが重要であるといえます。
この観点からすれば、たとえば相場の転換点前後に介入で転換後の方向へインパクトを与えれば勢いをつけることが期待できます。一方で、転換点ではなくて中長期的な流れの中で、それに逆らうような介入については効果は限定的であるといえます。
ただし、藤井によると、シグナリング効果は懐疑的な見方も少なくなく、効果のほどは解明されていません(p. 247)。実際の為替市場では、介入による予想の変化よりも、各国の金融政策による政策金利や期待金利の変化の方が、為替相場に与える影響は大きいと考えられています。したがって、介入の効果を高めるには、金融政策との整合性や市場の期待形成との調整が重要になります。
ポートフォリオ・バランス効果
ここまではカバーなし金利平価の成立を前提して説明してきました。これはつまり、債券における自国・他国の違いから生じるリスクを一切考慮しないということで、現実には完全に成立してるとは言い難いものです。
そこで、この内外債券におけるリスクを考慮するために、リスクプレミアムの概念を導入します。
リスクプレミアム\(RP\)は、リスク回避的な投資家がカバーなし金利裁定取引で求める追加的な収益率です。これは、直先スプレッド率と為替相場の予想変化率の差として表現されます。
\[RP = \overbrace{\frac{F-S}{S} }^{\text{直先スプレッド率}} – \quad \overbrace{ \frac{S^e-S}{S} }^{\text{予想変化率}} = \frac{F-S^e}{S}\]
すなわち、カバーなし金利平価の式にこれを追加すれば、リスクを考慮した金利と為替相場の関係が定式化できます。
\[r \approx r^*+\frac{S^e-S}{S}+\overbrace{\frac{F-S^e}{S}}^{\text{リスクプレミアム}}・・・②\]
さて、藤井(2013)によれば、不胎化介入の場合マネタリーベースは変化しないが、民間によって保有される外貨建て資産と自国通貨建て資産のバランスが変化します(p. 248)。つまり、式②から\(RP\)の部分が変化することで直物為替相場\(S\)も変化すると考えられます。
ポートフォリオ・バランス効果のメカニズム
- 介入によって\(S\)が変化する。
- この時に、市場のポートフォリオの内外資産バランスが変化する。
- カバー付金利平価理論「\(F = S \cdot \left( \frac{1+r}{1+r^*}\right)^n\)」から、\(F\)は\(S\)の変化によって同方向へ変化する。
- それにより\(\frac{F-S^e}{S}\)も変化する。
- 投資家は\(RP\)の変化に合わせてリバランスするが、中央銀行はリバランスとは無関係。
- したがって、\(RP\)は元の水準に戻らず、\(S\)の変化はその分持続するといえる。
このように、完全代替性の仮定を外して、それによって生じるリスクを考慮すれば、介入が投資家のポートフォリオのバランスを変化させ、リスクを考慮した場合の為替相場の均衡点を変化させる。しかも、投資家の期待が一定だとしても均衡点は変化する。この考え方がポートフォリオ・バランス・アプローチです。これによれば、不胎化介入でも為替相場を変化させる可能性を指摘できます。
ただし、非不胎化介入が金利とRPに働きかけるのに対し、不胎化介入ではRPのみであり、しかもその影響は民間のリバランスで一定程度相殺されるのであり、介入の規模も世界市場に対して小さい点(前回記事参照)を考慮すれば効果は限定的であると考えるのが妥当でしょう。
なお、現実にはポートフォリオ・バランス効果もシグナリング効果も同時に発生すると考えることが妥当です。
結論
為替介入には、非不胎化介入と不胎化介入があり、非不胎化介入は利子率の変化を通して為替相場の中長期的な操作が期待できます。
一方で、不胎化介入では利子率の変化がないので理論上、利子率の変化を通した為替相場の操作が見込めません。ただし、シグナリング効果による期待の変化、ポートフォリオ・バランス効果におけるリスクプレミアムの変化の両効果による中長期的な操作の可能性が指摘できます。
とはいえ、介入の世界市場に占める規模の小ささ、金利変化での効果が望めない点、シグナリング効果とポートフォリオ・バランス効果ともに効果が限定的といえる点を考慮すれば、不胎化介入の効果は限定的であるといえる。
したがって、不胎化介入を効果的に利用するには、介入のタイミング、他国との協調介入そして各国の金利動向が為替相場の大きな決定要因であるから自国・他国との金融政策との整合性を判断することが不可欠でしょう。やはり、不胎化介入は補助的な役割であると捉えることが妥当といえます。また、非不胎化介入も金融政策と整合がとれてなければ現実的ではないうえに、規模が小さいのでいずれにしても効果は限定的で同じように補助的役割であると考えます。
参考文献
- 藤井英次,2013『コア・テキスト国際金融論』第2版,新世社